第1部 なぜ出せないのか · 第1回 / 全12回 · 10分くらい
作れるのに、出せない。AIで作る時代の新しい行き詰まり
AIのおかげで、1人でもアプリや仕組みを作れるようになりました。ところが、作れるものが増えるほど、外に出したものは増えていない、ということが起きます。この回では、その理由を「作りかけの数」と「仕上がるまでの時間」の関係から確かめます。
履修 0 / 12 回
この回を読み終えると、できるようになること
- 「完成」と「出す」の違いを説明できる
- リトルの法則を使って、同時に進める数と、1つが仕上がるまでの時間の関係を計算できる
- 自分の作りかけを数え、今のままだと1つ出すまでに何か月かかるかを見積もれる
専門用語は、初めて出たところで括弧に短い説明を付けています。説明が長くなるものには ※番号を付け、ページの終わりの用語メモにまとめました。
1作るのは速くなった。出す速さは変わっていない
AIを使うと、試しに作るまでの時間はとても短くなります。思いついた日の夜に、動くものが手元にある。これは数年前にはなかったことです。
ただ、作るのが速くなったぶん、作りかけも速く増えます。名前を決め、画面を作り、主な機能が動いたところで、次の思いつきが来る。気がつくと、動くけれど誰にも渡していないものが、いくつも並んでいます。
自分も、作ったアプリのリポジトリを数えてみたら、リリースの印(git のタグ※1)が付いたものは1つもありませんでした。同じ30日のあいだに、5つのアプリを並行して進めていました。
2「完成」と「出す」は別のこと
この講座では、自分以外の誰かが使える状態にすることを「出す」と呼びます。完成していなくても出せますし、完成していても出していないことがあります。
| 出していない | 出している | |
|---|---|---|
| 完成していない | 作りかけ | 試してもらっている(ベータ版) |
| 完成している | 手元で眠っている | 使われている |
右下に行くのが目標ですが、近道は「左下で磨く」ことではなく、「右上に先に出す」ことです。出すと、使った人の反応という、手元では手に入らない材料が入ってきます。何を完成させればいいかは、その材料を見てから決めても遅くありません。
3抱える数と、仕上がるまでの時間は比例する(リトルの法則)
待ち行列の研究に、リトルの法則※2という関係があります。安定した状態では、次の式が成り立ちます。
L:抱えている数(作りかけのアプリの数)
λ:仕上がる速さ(1か月にいくつ出せるか)
W:1つが仕上がるまでにかかる時間
W について解くと、W = L ÷ λ です。1つを仕上げるのにかかる時間は、抱えている数に比例します。
たとえば、2か月に1つのペースで出せる力がある人(λ=0.5個/月)が、5つを同時に抱えていると、W=5÷0.5=10か月。どのアプリも、手をつけてから出すまでに平均10か月かかる計算です。同じ人が抱える数を2つに減らせば、W=2÷0.5=4か月になります。力は同じでも、抱える数を減らすだけで、1つ1つが早く出ます。
4作りかけは、置いておくだけで力を使う
リトルの法則は時間の話ですが、作りかけにはもう1つ費用があります。思い出す費用です。前にどこまで作ったか、何が動いていなかったか、どこを直そうとしていたか。作りかけを切り替えるたびに、それを思い出す時間がかかります。
AIに手伝ってもらう場合も同じです。前回の会話の続きはAIの記憶に残っていないので、引き継ぎのメモを読ませ、状態を確かめさせるところから始まります。作りかけが多いほど、この「立ち上がり」の時間が増え、実際に前へ進む時間が減ります。
5作りかけが増えるのは、意志が弱いからではない
新しいものを作り始めるのは楽しく、出す前の作業(細かい不具合の修正、説明文、配る手続き)は地味です。楽しいほうを選ぶのは自然なことです。そのうえ、AIのおかげで「作り始め」の楽しい部分だけが特に速くなりました。
だから、作りかけが増えるのを意志で止めようとするより、仕組みで止めるほうが確実です。同時に進める数に上限を置く(第5回)、期限を先に決めて範囲を削る(第3回)、出す手順を道具にして地味な作業を軽くする(第7回)。この講座は、その仕組みを順に作っていきます。
誤解よくある思い違い
全部を少しずつ進めれば、そのうち全部が完成する
リトルの法則では、抱える数が多いほど1つが仕上がるまでの時間が長くなります。少しずつ全部を進めると、どれも出ないまま時間が過ぎます。
完成してから出さないと、恥ずかしい
出さないと、何を直せばいいかの材料が入ってきません。「試してもらう版」として小さく出し、反応を見て磨くほうが、結局は早く良くなります。
演習手を動かして確かめる
演習1
今、作りかけのアプリやサービスが6つあります。この1年で出せたのは2つです。リトルの法則で見ると、1つが出るまでに平均何か月かかる計算でしょうか。抱える数を2つにしたら、どうなるでしょうか。
答えを見る
仕上がる速さは λ=2個÷12か月=約0.17個/月です。W=6÷0.17=約36か月。どれも出るまでに3年かかる計算です。2つに絞れば W=2÷0.17=約12か月。さらに、絞ったことで思い出す費用が減れば λ も上がるので、実際にはもっと短くなると考えられます。
頼み方そのまま使える頼み方の例
自分の作りかけを一覧にしたいです。次の表を作ってください。
- 名前
- 何をするものか(1行)
- 今の状態(動く/一部動く/動かない)
- 最後に手を入れた日
- 誰かに渡したことがあるか
最後に、リトルの法則(W=L÷λ)で、今のペースだと1つ出すまでに何か月かかるかを見積もってください。λ は「この1年で出せた数÷12」で計算してください。
作りかけ:(リポジトリの一覧や、思い出せる範囲で書く) 用語メモ本文の ※番号の説明
出典確かめた資料(2026年10月時点)
- Wikipedia「Little's law」 L=λW の式と、安定した状態で成り立つという条件。